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東京地方裁判所 平成8年(ワ)3695号 判決 1997年5月29日

原告

プレハブ防水株式会社

右代表者代表取締役

甲野慧子

右訴訟代理人弁護士

山本隆夫

根岸隆

久利雅宣

被告

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

伊藤助成

右訴訟代理人弁護士

川木一正

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で生命保険契約を締結した原告が、被告に対して、被保険者であるA(以下「A」という。)が五階建建物の屋上から墜落死したことを理由に右保険契約の災害割増特約に基づく災害死亡保険金の支払を請求するのに対し、被告が右墜落死の原因は自殺であり、約款上の保険金の支払事由である不慮の事故に該当せず、仮に自殺でないとしても、Aには約款上の支払免責事由である重大な過失があることを理由にその支払を拒絶する事案である。

一  争いのない事実

1  原告はAが昭和五三年に設立した防水建築請負を主たる目的とする会社であり、被告は生命保険事業を主たる目的とする会社である。

2  原告は、昭和五七年八月一〇日、被告との間で、左記内容の生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険の種類

利益配当付養老生命保険

(二) 保険証券記号番号

(三五〇)第三八七八九三二号

(三) 保険契約者 原告

(四) 被保険者 A

(五) 保険金受取人 原告

(六) 主契約の保険金

金一〇〇〇万円

(七) 定期保険特約保険金

金九〇〇〇万円

(八) 災害割増特約保険金

金五〇〇〇万円

(九) 保険期間

昭和五七年八月一〇日から昭和八七年八月九日まで(三〇年)。但し、定期保険特約は昭和七七年八月九日まで(二〇年)。

3  本件保険契約の災害割増特約に基づく災害死亡保険金の支払事由は、被保険者が保険期間中に不慮の事故で死亡したときに、保険金の受取人が支払を請求した日から五日以内とされている。

4  Aは、平成七年一〇月三一日午後二時三〇分頃、埼玉県<番地略>所在の××団地○○住宅(五階建)の屋上から墜落し、脊髄損傷等により死亡した(以下「本件事故」という)。

5  原告は、平成七年一一月一四日、被告に対し、保険金一億五〇〇〇万円の支払を請求した。

二  原告の主張

1  本件事故は、自殺ではなく、不慮の事故である。すなわち、Aは、転落現場である屋上においてカメラを手にしてへりに後ろ向きにした中腰の姿勢で何かを撮影していたところ、左足の踵で塗ったばかりのモルタルを誤って踏みつけ、滑ったことにより転落した。

2  被告は本件事故の原因が自殺であると主張するけれども、Aが自殺したことの立証責任は保険者である被告が負担すべきである。

三  被告の主張

1  本件保険契約の災害割増特約においては、対象となる不慮の事故とは偶発的な外来の事故で、かつ、昭和四二年一二月二八日行政管理庁告示第一五二号に定められた分類項目中下記のものとし、下記のものとして一ないし一七の分類項目があり、分類項目の内容については、「厚生省大臣官房統計調査部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和四三年版」(以下「分類提要」という)によるものとされ、本件の場合は分類提要にいう分類番号E八八〇ないし八八七が不慮の事故とされ、一方、「不慮か故意か決定されない高所よりの墜落」(分類番号E九八七)はその他の不慮か故意か決定されない傷害と同様不慮の事故から除外されている。

右にかんがみると、災害割増特約に基づく保険金の請求にあたっては、当該事故が素因や故意に基づくものではなくて、偶発的な外来の事由に起因するものであることについての立証責任は請求者たる原告が負担すべきである。

2  本件事故は、Aが原告に保険金を取得させることを専らないし主たる目的として墜落死したもので、自殺によるものであるから不慮の事故ではない。

3  仮に、本件事故が自殺によるものではなく、Aが誤って転落したとしても、Aには重大な過失があるところ、本件保険契約の災害割増特約には災害死亡保険金の支払免責事由として保険契約者または被保険者の故意または重大な過失を定めているから、被告は免責される。

四  争点

1  本件事故はAが誤って墜落したことにより発生した不慮の事故であるのか、それともAの故意(自殺)によるものであるのかどうか。また、その立証責任は原告と被告のいずれが負担するのか。

2  本件事故が不慮の事故であるとしても、事故発生についてAに重大な過失があるのかどうか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  まず本件事故が不慮の事故か故意によるものかについての立証責任の所在について検討する。

(一) 本件保険契約の約款等(甲第二号証、乙第七、八号証)によると、災害死亡保険金の支払事由は不慮の事故を直接の原因とした被保険者の死亡とされており、その支払事由の対象となる不慮の事故とは、偶発的な外来の事故(ただし、疾病または体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症しまたはその症状が増悪したときには、その軽微な外因は偶発的な外来の事故とみなしません。)で、かつ、昭和四二年一二月二八日行政管理庁告示第一五二号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、分類提要によるものとされ、下記のものとして一ないし一七の分類項目があり、分類項目一〇が不慮の墜落で、分類提要にいう分類番号E八八〇ないし八八九が不慮の墜落とされており、分類提要において「不慮か故意か決定されない傷害」として分類されるもの(分類番号E九八〇ないし九八九)は別表から除外されているが、この「不慮か故意か決定されない傷害」とは、損傷が不慮の事故か自殺かあるいは他殺か決定されない場合に使用されるものとされており、そのなかに「不慮か故意か決定されない高所よりの墜落」(分類番号E九八七)が含まれている。

他方、右約款によると、当該事故が保険契約者または被保険者の故意または重大な過失によって招来されたものである場合には、保険者は災害死亡保険金を支払わないものとして、これを免責事由の一つとしている。

(二) しかして、当該事故が不慮の事故であることと当該事故が自殺等被保険者の故意によるものであることとは両立しないこと等本件約款を合理的に解釈すると、本件保険契約の災害割増特約に基づき災害死亡保険金の支払を求める者は、当該事故が被保険者の故意に基づくものではなく、偶発的な外来の事由に起因するものであることを立証すべき責任があり、他方、その立証がなされた場合であっても、保険者は、当該事故が被保険者の重大な過失によるものであることを立証することにより保険金の支払を免れることができるものと解するのが相当である。

2  そこで、本件事故に至る経緯等について判断するのに、前記争いのない事実に証拠(甲第五号証、第一〇号証の一ないし一七、第一八号証、乙第三号証、証人渡辺(但し、後記措信しない部分を除く)、同甲野公行、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) A(昭和九年五月二六日生)は、原告代表者である慧子と婚姻し、三人の男子をもうけ、昭和五三年に防水建築請負を主たる目的とする原告会社を設立し、その代表取締役として、経営全般を取り仕切り、専務取締役の関口が営業と下職関係を担当し、長男道昭が営業の見習い、二男公俊と三男公行が現場監督の仕事を担当していた。

(二) 本件事故当日の平成七年一〇月三一日午前七時三〇分頃Aは、三男公行とともに、埼玉県住宅供給公社が発注者となり、三井プレコン株式会社が受注者で、その子会社である株式会社サンクリエーションが一次下請け、原告が二次下請けとなった××団地○○住宅屋上防水補修工事の中間検査のため工事現場である埼玉県<番地略>所在の××団地○○住宅に赴いた。そして、埼玉県住宅供給公社の水谷や株式会社サンクリエーションの野口らとともに中間検査の方法を打ち合わせ、Aら四人は、一二号棟の屋上に上がり、その後公行は、午前九時半過ぎに一四号棟へ仕事をしに行き、Aら三名は一三号棟、次いで一四号棟と検査に回り、午前一一時頃検査を終えた。

(三) その後、Aは野口とともに昼食をとり、午後一時三〇分頃、公行とともに一四号棟の屋上に上がり、現場の写真を何枚か撮った。当時屋上の現場には原告会社の具志堅と松村及び有限会社松沢左官工業の本間と渡辺の計四名の作業員がおり、具志堅らは古い防水層を剥がすなどの作業をし、本間らはモルタル塗装の作業をしていた。

Aらは、午後二時二〇分頃、作業員にジュースを飲ませようと考え、これを買いに行くため一四号棟の屋上から下りた。その途中で公行が一三号棟で写真を撮り忘れていた話をAにし、二人で一三号棟の屋上に寄って写真を撮った後すぐに下り、二人は一三号棟と一四号棟の間の一四号棟の階段付近の路上で別れた。

その後、Aは、一四号棟の屋上に上り、午後二時三〇分頃、屋上北側の一番東側の出っ張り部分から一五メートル下の地上に墜落し、脊髄損傷等により死亡した。

3  次に、本件事故現場の状況等についてみるのに、証拠(甲第六号証の一ないし七、第八号証の四、乙第五号証、証人渡辺、調査嘱託、弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場である一四号棟の屋上には高さ一五センチメートル、幅一五センチメートルの雨水止めの「へり」が周囲にめぐらされ、その北側には横幅約2.7メートル、縦六〇センチメートルの出っ張りが五箇所あり、その出っ張り部分の角及びその他へりに沿って高さ約一メートル余りの鉄製支柱が約2.1メートル間隔(但し、出っ張り部分の角から三角の形にへりに移行する支柱までの間隔は約八4.9センチメートルである)で設置され、その支柱には上下二本の安全ロープが張りめぐらされていた。右二本のロープは、下のロープがへり頂部から約五六センチメートルの高さにあり、下のロープと上のロープとの間の幅は約三五センチメートルである。そして、上のロープは支柱に巻き付けるなどの工夫がなされているものの、下のロープは支柱のリングを通すだけの状態で弛みがあった。

(二) また、Aが墜落した出っ張り部分のへりから約三〇センチメートルの幅の部分はモルタルが塗られて間もない状態にあり、墜落位置のモルタル上にはAの左足の靴の踵部分と思われる足跡が踵部分がへりに向いた形で残されていた。もっとも、事故直後有限会社松沢左官工業の作業員である本間がその足跡の上に新たにモルタル塗装を施し補修してしまったことから、本件事故直後に実施された埼玉県鴻巣警察署の捜査官による本件事故の実況見分時にはその痕跡は残されていなかった。

(三) Aは墜落する際叫び声等を発したり鉄製支柱のロープに手をかけたりした形跡はなく、落下位置は建物(一階ベランダ)から約七〇センチメートル離れた植え込み地点であって、頭部を北側に足を建物の方向に向けて仰向けの状態で倒れており、頭部や顔面には損傷が認められなかったが、外部的損傷としては、右両手の親指の付け根付近に打撲、左大腿部の内側に擦過傷及び左足の甲の部分に打撲がそれぞれ認められた。

4  ところで、証人渡辺は、Aの墜落時の状況について、「落ちていくとき顔は南側である屋上を向いており、体は腰が中腰でややえびのようになった状態で、おしりは、へりの立ち上がりのかさ木よりも外側である北に出ていた。ちょうど腰を下ろしそびれた姿勢に見えた。」旨証言するのであるが、乙第二八号証の二(原告会社を原告、大同生命保険相互会社外四名を被告とする東京地方裁判所平成八年(ワ)第五一九五号事件における埼玉県鴻巣警察署に対する調査嘱託の回答書)によれば、鴻巣警察署の神澤勉警部補は本件事故当日、本件事故現場である屋上で作業をしていた渡辺及び本間の両名からA転落時の状況を聴取したところ、右両名とも作業中で落下瞬間を目撃していない旨の説明をしたことが認められ、この事実に照らし、証人渡辺の右証言はにわかに措信することができない。

そうすると、Aが墜落する状況を目撃した者はなく、したがって、同人が後ろ向きの姿勢で墜落したことを直接証明する的確な証拠はない。もっとも、前記のとおり屋上の墜落位置付近のモルタル上にAの左足の靴の踵部分と思われる足跡が踵部分がへりに向いた形で残されていたが、この事実をもってAが後ろ向きの姿勢で墜落したと認定するには十分でない。

しかして、原告は、Aが本件事故現場である屋上においてカメラを手にしてへりに後ろ向きにした中腰の姿勢で何かを撮影していたところ、左足の踵で塗ったばかりのモルタルを誤って踏みつけ、滑ったことにより転落したと主張するのであるが、前認定のとおりモルタル上には確かにAの左足の靴の踵部分と思われる足跡が残されていたものの、右足跡から滑ったことを窺わせるに足りる証拠資料はない上、防水補修工事の現場写真は既に撮影済みであって、Aが現場作業の必要から写真撮影したとは考え難く、工事現場の状況等を撮影するにしても、安全ロープが張りめぐらされていたとはいえ出っ張り部分付近でへりを後ろにして撮影するようなことは誤って転落する危険性が十分考えられるのであり、しかも塗りたてのモルタル上に誤って足を踏み入れるなどということは、作業現場の状況を十分把握していた者の行動として尋常ではなく、長年防水建築請負工事に従事してきたAがかかる異常な行動に及んだとは容易に理解し難いところといわねばならない。そうすると、何故モルタル上にAの左足の靴の踵部分と考えられる足跡が残されていたのか不明というべきで、本件全証拠を検討しても、その原因を解明するには至らない。加えて、前認定のとおり頭部や顔面に損傷が認められなかったのであるから、Aは足先から着地したものと解するのが相当であるところ、後記のとおり後ろ向きの姿勢で墜落したとすると、墜落途中でAが身体の動きを加えない限り足先から着地することは考え難いことをも考慮すると、身長一七一センチメートル余りのAが声を発することもなく、何らかの原因で誤って屋上の出っ張り部分に設置されていた二本のロープの間隙をいわば身体を海老状にして尻餅をつくような恰好でくぐり抜けるような方法で墜落したと考えるには疑問の余地がある。

したがって、原告の主張するような姿勢でAが墜落したものとまでは断定することができない。

一方、証拠(乙第二九号証の一(財団法人新日本検定協会作成の転落実験解析報告書)、二)によると、被告らから委嘱された財団法人新日本検定協会が地上一五メートルの高さの建物から動的実験用人体模型(いわゆるダミー)を使用して行った転落実験の結果によれば、落下地点に対して後ろ向きにへりに腰掛けた姿勢(以下「姿勢A」という)で転落すると、三回の実験とも人体模型は頭から着地し、これに対し、落下地点に対して前向きにへりに腰掛けた姿勢(以下「姿勢B」という)で転落すると、三回の実験とも人体模型は足先から着地することが認められ、右の実験では転落開始時点における動的初期運動はなく、静的に転落した場合であることから、動的初期運動を伴う場合のAの体型(平成七年四月七日当時身長一七一センチメートル余り、体重六五キログラム)と同様の体型の人体モデルを設定したコンピューターによる数値シミュレーションを行ったところ、姿勢Aで転落した場合は、転落時の回転周期と初速度から着地位置が決まり、回転周期が0.95秒(二〇回転)で、転落初速度が1.23m/sの条件下では、足先の着地位置はベランダ端部から水平距離で1.9メートル以上となったこと、これに対し、姿勢Bで転落した場合は、転落実験の結果、落下直後に五階ベランダ手摺上に足を接触し、両足を基点とする前向きの回転運動に変化することが確認され、五階ベランダの離脱角度が九〇度の場合、着地する直前に建物側に向きを変えて足先から順次臀部、背中、後頭部と着地し、着地後の姿勢は建物に足先を向けて仰向けに転倒し、足先からベランダ端部までの水平距離は0.5メートルであったとされていることが認められる。そして、右転落実験解析報告書は、姿勢Aで転落した場合には、静的、動的双方を考慮しても実際の着地状況となることはあり得ず、姿勢Bによる転落姿勢こそが実際の転落状況として最も蓋然性が高いものと考えられるとしている。

しかして、右実験結果等を前提にすると、Aは屋上のへりから前向きの姿勢で墜落したことになり、したがって、本件事故はAが故意に招来したものと考える以外これを合理的に説明することができないことになる。

しかしながら、Aが墜落した状況を目撃した者はなく、いかなる姿勢で墜落したのかは推測の域を出ないのであって、誤って転落したような場合の転落時の姿勢としては、何も真後ろに向いた姿勢であるとは限らないところ、右転落実験は、姿勢Aと姿勢Bのふたとおりの姿勢に限定している点で実験条件に無理があるほか、確かに人体模型を使用した転落実験では、姿勢Aでは足先ではなく頭から着地することが認められるけれども、誤って転落したような場合には、瞬時にせよ、驚愕の余り墜落中の身体に運動を加えることが全くないとまで考えることは困難である。また、コンピューターによるシミュレーションの条件も右の二つの姿勢を前提に、動的初期運動のみに限定して右に指摘したような墜落中の動的運動を全く考慮していない上、しかも着地状況をもとに五階のベランダ手摺上に足を接触し、両足を基点とする前向きの回転運動に変化することを前提に五階ベランダの離脱角度が九〇度の場合にのみ本件落下位置に着地状況と同様の状態で墜落するとしているが、その前提条件が異なれば違った着地状況になることは右実験結果等に照らしても明らかであり、果たしてAがかかる前提条件のもとに墜落したとまでは認定できないから、結局右実験結果は、推測の域を出ないものといわざるを得ない。

したがって、右実験結果等をもって、直ちに本件事故がAの故意によって招来されたものであるとまでは断定するに至らない。

5  すすんで、Aの自殺動機の有無について判断するのに、本件全証拠を検討しても、Aがその死亡前に遺書を書き残したり、家人その他の者に自殺の意思を表明したりしたことを窺わせるような証拠は見当たらないが、証拠(甲第一七号証、第二〇号証、乙第一ないし第三号証、第六号証、第一〇ないし第二七号証、第三一号証の四、証人甲野公行、同柴山、弁論の全趣旨)によると、原告は、A及びその家族を含め従業員八名の会社であるところ、その経営状態は、平成四年四月一日から平成五年三月三一日までの第二六期決算報告書の損益計算書では当期損失が三六三二万八九二五円で、次期繰越損失が七五一四万五三五六円であり、平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの第二七期では当期利益が四一五万八七五七円で、次期繰越損失が七〇九八万六五九九円であり、平成六年四月一日から平成七年三月三一日の第二八期では当期損失が三三二〇万四九一三円で、次期繰越損失が一億〇四一九万一五一二円であり、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの第二九期では当期利益が六五一万一八七二円で、次期繰越損失が九七六七万九六四〇円であること、しかして、第二九期に僅かであるが利益を計上することができたのは、原告を債権者、被告を債務者とする東京地方裁判所平成八年(ヨ)第六三三号仮払仮処分命令申立事件について、原・被告間で平成八年二月二六日成立した和解に基づいて被告が原告に対して四九〇〇万円を支払ったことによるものであること、そして、Aが死亡する前の平成七年四月一日から同年九月三〇日までの上半期の業績は、約三〇〇〇万円程の損失計上が避けられない状況にあり、同年九月一九日の段階において東京三菱銀行から四〇〇〇万円の緊急融資を受け、またA自身同年八月二一日から同年一〇月二〇日までの間に二〇〇〇万円を原告に融資していること、このように原告会社は少なくとも平成六年四月から平成七年一〇月までは営業損失を計上し続けている厳しい状況にあったのに、Aは、①平成六年六月一日に、それぞれ大同生命保険相互会社との間で保険金額一億五〇〇〇万円の生命保険契約を、三井生命保険相互会社との間で死亡保険金額二億円(災害割増特約保険金額九〇〇〇万円、傷害特約保険金額一〇〇〇万円)の生命保険契約を、朝日生命保険相互会社との間で保険金額一億五〇〇〇万円の生命保険契約を、明治生命保険相互会社との間で死亡保険金額一億円(傷害特約保険金額五〇〇万円、災害割増特約保険金額九五〇〇万円)の生命保険契約を締結し、②その後平成七年五月一日に、それぞれ被告との間で保険金額二億円の生命保険契約を、安田生命保険相互会社との間で死亡保険金額九〇〇〇万円(災害割増特約保険金額九〇〇〇万円、傷害特約保険金額一〇〇〇万円)の生命保険契約を、大同生命保険相互会社との間で死亡保険金額一億五〇〇〇万円(災害割増特約保険金額一億円)の生命保険契約を締結し、同年六月一日住友生命保険相互会社との間で死亡保険金額二億円(災害割増特約保険金額九〇〇〇万円、傷害特約保険金額一〇〇〇万円)の生命保険契約を締結し、③同年七月一日にそれぞれ朝日生命保険相互会社との間で死亡保険金額五〇〇〇万円(災害割増特約保険金額五〇〇〇万円)の生命保険契約を、明治生命保険相互会社との間で死亡保険金額九〇〇〇万円(傷害特約保険金額五〇〇万円、災害割増特約保険金額五〇〇〇万円)の生命保険契約を締結したこと、そして、右①及び②の各生命保険契約は、いずれも保険契約者及び保険金受取人を原告、被保険者をAとするものであり、③の各生命保険契約は、いずれも保険契約者及び被保険者をA、保険金受取人を妻である慧子とするものである上、③の朝日生命保険相互会社との契約以外はいずれも貯蓄性のない保険期間を五年ないし一〇年とするいわゆる掛け捨ての定期保険で、しかも入院特約等が一切なく、保険料が比較的低額であるのに高額の保険金が支払われる内容のものであり、これら生命保険の保険金額は本件保険契約を含めると合計二一億三五〇〇万円であって、その月々の保険料の支払は合計二二一万四五六八円にものぼること、そして、右の各生命保険契約の加入手続はA自身が行い、その殆どがAの自発的申込に係わるものであり、事前に家族に相談したり加入したことを家族に報告したことはなかったこと、以上の事実が認められる。

右の事実関係によれば、原告はその業績からして赤字続きで資金繰りに窮していた状況にあり、しかも既に保険金額六億円(災害割増特約及び傷害特約分を含む)もの生命保険に加入しておりながら、本件事故の半年ないし四か月前に、保険契約者及び保険金受取人を個人とするものを含め更に保険金額一五億三五〇〇万円(災害割増特約及び傷害特約分を含む)にも及ぶ六口の生命保険に加入するというのは、健全な事業経営を図るべき会社経営者の行動として、通常の理解を超えるものであって、いわゆる保険付保に伴うモラル・リスクを考える余地があり(現に被告らは、原告との間の前記東京地方裁判所平成八年(ワ)第五一九五号事件においてこれらの各生命保険契約について公序良俗違反による無効等を理由に係争中である)、これらの事情は保険金目当ての自殺動機の存在を窺わせ、本件事故がAの自殺による自招事故であることを疑わせるものといえる。

しかしながら、他方、本件事故がAの自殺によるものとするには、その方法として被告が主張するように前向きにへりに腰掛けた姿勢で墜落したとすると、当時本件事故現場の屋上には前記のとおり四名の作業員が補修作業をしていたのであり、しかも墜落現場である一四号棟の建物の向かい北側には一三号棟の建物が存在するのであって、右作業員やその居住者等に目撃される可能性が十分考えられる状況の下に、Aが保険金目当てに自殺を図ったと考えるには疑問があり、本件事故をAの保険金目当ての自殺と即断するのは躊躇される。

6 以上認定説示の事実関係を総合して判断すると、本件事故は、Aが誤って墜落したことによるものか、それともAが故意によって招致したものであるのか、いずれとも断定し難いといわざるを得ない。

そうだとすると、本件事故は、不慮のものであるのかAの故意によるものであるのかいずれとも断定し難い以上、本件保険契約の災害死亡保険金の支払事由である不慮の事故による死亡であることの立証がないことに帰するから、結局分類提要にいう「不慮か故意か決定されない高所よりの墜落」に該当し、したがって、Aの墜落死が本件保険契約の災害死亡保険金の支払事由である不慮の事故に該当することを前提に、被告に対し、右保険金の支払を求める原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないから、棄却を免れない。

(裁判官山﨑勉)

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